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2018年を月ごとに振り返ってみた

皆さんこんにちは。

人間大好きWebライターのKYO(@kyoishii1101)です。

今年の年末は千葉のいすみ市という場所で、カタカタとパソコン打ってます。

年越しを実家で過ごそうかどうか、ずっと考えていましたが、今年は一人で過ごすことにしました。

「年末は実家にいなくても大丈夫だよね?」という私の何気ない一言に対し

「あ、うんっ、、大丈夫だよ。(おせち料準備してるけd、、)」

というなんとも歯切れの悪い母の返答が頭から離れません。

母さんごめん、来年は戻るよ。

本当は残った方が良かったのかもな。

そんなことを思いながら、2018年を振り返っていきます。

1月 卒業式に出席し忘れる

自分でもびっくり。今年のはじめは、まだ大学生だったんですね。

卒論のタイトルすら忘れてしまいました。

そしてこれは本当にやらかしてしまったんですが、卒業式に出席し忘れました。

朝起きてインスタみたら、なんか様子がおかしくて、気づいたときには手遅れでした。

というかそのとき、鹿児島にいたので物理的に参加するのが不可能でした。

まあいいです。

そして「中国に1年間留学をしよう!」と決心したのが1月。

僕の頭の中は中国語と中国でいっぱいでした。

次のステージは中国だと、信じて疑わなかったんです。

2月 中国語の資格取る

中国語の語学検定(HS4級)を取りました。

中国政府の奨学金を取るために、志望理由書とか、資格とか、諸々の準備を進めてました。

当時付き合ってた中国人の彼女にも、翻訳を手伝ってもらったりなんかしてたと思います。

3月 上海でちょっとだけ勉強

大学のプログラムに参加をして、2週間だけ上海の「華東師範大学」で語学の勉強をしてました。

中国に行くのはこれで3回目

来月から社会人だというのにね笑

学生の特権というのはやはり素晴らしいですよ、えぇ。

15万ほどの費用に対して、大学が半分くらい負担してくれた気がします。

(*皆様の税金はこのような形で使われています🙇)

4月 卒業→就職する

新卒でした、一応。

そして入った会社は観光系のベンチャー企業。

どんな会社かというと、

旅行で日本を訪れる外国人と、ガイドをしたい地元の人を繋いで、友達のように地元を案内しちゃおう!

というすごく素敵なサービスを作っている会社です。

Airbnbは比較的有名ですが、宿ではなくガイドを通してで外国人とマッチングをするという会社でした。

興味のある人はぜひ見てみてください。英語に自身がないあなたでもガイドになれるんです!

(株)Huber.の公式ページ

それと本社が鎌倉という本当にオシャレな場所にあったので、満を持して鎌倉へお引越し。

夢の鎌倉ライフが始まるはずでした。。。

 

5月 鎌倉 / 京都 / 富士山をガイド

夢の鎌倉ライフ、始まればよかったのですが、入社初日に、

「石井くん、渋谷勤務ね」

と上司に言われました。

こうして、週5で鎌倉と渋谷を往復する生活がスタートします。

まあ悪くはないですよ。

通勤が江ノ電なんて、かっこいいでしょ?

家が鎌倉大仏のある「長谷駅」から徒歩5分という、最高すぎる立地。

毎日歴史を感じながら、海を散歩したり、神社で心を清めたり(はあまりしてないけど)

とにかく鎌倉が大好きになりました。

この頃に、個人ガイドとしての経験値がかなりたまりました。

浅草をガイドしたり

 

これは京都の錦市場

 

 

あそうそう、生まれて初めて劇団四季の「ライオンキング」を観に行ったのもこの頃。

実は、社会人になってから、「1ヶ月1万を、自分が体験したことのないものにつぎ込む」というルールを自分に課していたのです。

(これ本当テンション上がるからオススメだよ!)

これまで劇団とか、ミュージカルとかそういうものに疎かったんです。

これではいけないということで、観に行ったけど結果は惨敗。

寝落ちしてしまいました。

「(本当に興味がないのかもしれない。。)」

そう思わせてくれた1万円には感謝です。

ライオンキング観に行ったことない人は一度は見てみてください。

オススメです!

6月 渋谷をホームと感じ始めてしまう

働き始めた当初は、人の多さに拒絶反応が出ていた渋谷ですが、

この頃からなぜだか渋谷に愛着が湧くようになります。

勤務地はというと、スクランブル交差点および、その真下にある観光案内所でした。

あんまりいないと思うんですよね、渋谷のスクランブル交差点を指差して、「俺、あそこが職場だったんだ〜」っていう人。

それ、僕ですね。

詳しいことは省きますが、本当に毎回あの場に立っていました。それが仕事でした。

それ以来、今でも渋谷はホームです。

自分から行きたいと思う場所ではありませんが。。

ガイドをしたり、観光案内所の受付をしたり、楽しんでいました。

こちらは富士山&河口湖エリア

 

一方でプライベートでは、中国語の勉強を続け、中国語試験のHSK5級を取得。

あとは6級を残すのみとなります。

サッカーW杯もありましたね!下馬評を覆して、初戦のコロンビアに勝ちました。

日本中が目を覚ましたのがこの頃でしたね〜

みんなは誰とどこで見てましたか?!

7月 社会人生活、楽しい

かねてから「スペース運営」や「2拠点生活」にずっと興味っていたのですが、仕事終わりにイベントに参加したり、週末移住を体験してみたりと、精力的に動いていた時期でした。

埼玉県の小川町に1泊2日で農泊体験に参加してきたとき☝︎

芋掘ったり、イノシシの肉食べたり、すごい夏らしいことしてました。

イベントでは今まで知らない人たちにバンバン会えるし、知らない話聞けるし、なんならちょっと可愛がってご飯とかサシで連れて行ってくれるし。

「社会人って面白いな」

そう思っていました笑

学生の頃は「世界で一番最強の職業は学生だ」なんて思っていましたが、社会人も捨てたもんじゃありませんでした。(そりゃそうだ)

そしてそろそろ中国への留学準備も大詰めを迎えてきます。

8月 3ヶ月の語学留学@台湾

結局留学先は中国ではなく、「台湾」になりました。

わたしとってはそれほど大きな差はなく、これで自分の好きな中国語を思いっきり勉強できるんだと思うと本当にワクワクでした。

ただ留学資金に関しては、他の人に工面をしてもらいました。

これは前のブログで詳しく書いているので、ここでは省略します。

ガイドの会社も辞め、8月の下旬に台湾に飛び立ちます。

台湾南部の「高雄」で3ヶ月の語学留学が始まりました。

 

9/10月 石井京一、台湾人になる

のではないかっていうほど勉強しました。

自分の努力をひけらかすのもどうかと思いますが、あそこまで一日中机に向かえてたのは、ちょっと自分でも驚きでした。

他の一切のことが目に入らずに、寝ているとき以外はずっと中国語のことを考えていました。

台湾で迎えた24歳。語学学校のクラスメートと☝︎

やはり楽しい時間というのはあっという間に過ぎるんですよね。

この期間で、ある程度の日常会話はできるようになりました。

11月 帰国→フリーランスへ

帰国した翌日、英語のTOEICの試験を受けました。

ずっと英語を使っていなくて、一時期に比べ随分と英語力が衰えているのが分かったんです。

だからこの辺で釘刺しとくかって思い、初受験。

結果は890/990

まあこんなもんでしょうね。

その翌日には、フリーランスとして稼ぐとはどういうことかを学ぶため、1ヶ月のトレーニングキャンプのようなものに参加するために千葉県のいすみ市へ。

その名も「田舎フリーランス養成講座」

これが思ったよりも学びの多いキャンプでした。

 

「田舎フリーランス養成講座」って何が学べるんだ?という人は公式サイトにて。

「田舎フリーランス養成講座」の公式ページ

わたしは現在、Webライターとして、フリーランスという生き方を実践しています。

いつまで続くか、続けられるかはわかりませんが、これから生きていく上で小さな収入となることはまちがいないでしょう。

 

12月 千葉のいすみ市に引っ越す

ちょっとこれまで動きすぎたなというある種の反省もあり、現在は千葉の外房(太平洋に面したところ)でひっそりとライターとして生活しています。

鎌倉、渋谷、そして実家の船橋。

どこも人ばかりで、息つく暇もなくて、次から次に新しいことが舞い込んでくる。

もちろんそれを望んていたからやっていたのですが、ここで少しばかり休憩したくなったので、「ド」が付くほどの田舎に身を移し、今はゆっくりしています。

今までは日記のようなブログを書いていましたが、どうせ時間と労力かけるなら収入を得たい、ということで日々考えております。

歩いて5分で太平洋。

24年生きてきて気づきましたが、僕は海のそばに住むのが好きなんです。

サーフィンはできないけど、海を眺めてるだけでいい。

人気もあまりないので、結構プライベートビーチです笑

2019年はどんな年に

石井京一は次何をするのか。

これは本当にいい質問ですね。

誰よりもわかっていないのはこの私自身です。

今までのように動き回るのか、それとも腰を据えて一つの場所で活動するのか、現状はそれすら分かりません。

まだ決めていません、というのが正しい言い方かも。

その時になったら自分が判断するでしょう。

そんな中でも、唯一確からしいことがあって、それは「旅行の添乗員」になることです。

外国人観光客をバスで案内する人になる、もしくは逆に日本人を世界に連れて行った先で案内をする。

俗に言う「インバウンド」と「アウトバウンド」ですね。

この2つは2019年に大きく動き出します。

現に、2019年1月にはイギリス、そして2月にはイタリアに行くことが決まっています。

もっと色んな人に会いたいし、知らない世界を見たいし、それを仕事にしていきたい。

それがこれまで何をやっても変わらない、自分の想いであり、その軸はぶれないようです。

2018年も多くの出会いと別れを繰り返してきました。

転勤族の家に生まれた僕は、「新しい環境で生きる」という能力には非常に長けていると思います。

そんな僕でも唯一慣れないのが「人との別れ」

これはいつも新鮮です。

じゃあまた会おうねって言って実際に会う人もいるし、それが最後の言葉になってしまう人もいます。

一期一会に感謝です。

2018年に新しく出会った皆さん、そして別れた皆さん、どうもありがとうございました。

2019年も前向いて、一歩ずつ歩いていきましょう。

<完>

 

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