いなフリ

回り道をしてたどり着いた「フリーランスという生き方」。プログラマーのミヤチ #いなフリ

現役いなフリ生のWebライターKYOによる、いなフリ受講生インタビュー第四弾。

今回インタビューする受講生は、

過去にケータイショップ、ネットニュースの編集、ホテルの接客、介護系メディアなどあらゆる職種を経験した、受講生のミヤチ。

いなフリ参加前は、東京で人材系の会社の技術開発をしていたそうです。

前職ではすでにプログラミングを仕事にしてたということで、フリーランスに必要な知識やスキルはほとんど備わっている彼女。

自身のXジェンダーや家族との問題、そしてモンゴル留学などの経験の数々。

その長い道の先にたどり着いた「フリーランスという生き方」。

その過程を色々と聞いてきちゃいました!

プログラミングとの出会い

KYO
KYO
最初にプログラミングを知ったのはいつだったんですか?

私はもともと本を読むのが好きだったんです。読んでいる中で世界観が広がっていくファンタジーとか。

中学3年生の頃だったと思います。

その頃に小説や詩を書き始めて、発信したいと思ったんですけど、発信する手段がない。

「だったら自分でサイトを作ればいいんだ。」

そう思ったのがプログラミングとの出会いでした。

プログラマーの彼女がいなフリに来たりワケ

KYO
KYO
いなフリをどうやって知ったんですか?

いきなりなんですけどわたし、実は「Xジェンダー」なんです。

Xジェンダーっていうのは、身体的にはもちろん女性なんだけれども、わたしが自分の性を認識するときに、女性でもない男性でもない、その中間の立場をとるということ。

英語では Third Gender (第三の性)と呼ばれています。

小さい頃から女性として扱われることに違和感を感じていました。

今年の5月ごろは、精神的にひどかったですね。

「胸と子宮をどうにかしたい。」

ずっとそう思っていました。

それで以前、あるXジェンダーの人の記事をネット見つけて、その人が「いなフリ」に参加をしたと書いてあったんです。

そこで始めていなフリの存在を知りました。

ブログの中でその人は『いなフリではXジェンダーの環境も受け入れてくれました』と書いてある記事を見て

「よしこれだ!」と思ったんです。

自分の持っているXジェンダーと、前から憧れていたフリーランスという生き方。

この2つがカチッとはまった感じで。それを探しに行こうと思って今回参加をしました。

 

フリーランスになるということ。

KYO
KYO
あっという間に一週目が終わりましたね。ここまでの感想を聞かせてください。

「ああ、これが欲しかったんだな」って思っています。

一人でうだうだとやってるよりも絶対早いですし。

周りに聞ける人がいるという環境に満足しています。

KYO
KYO
ここまでの一番の学びはなんですか?

講師陣の方たち(メンター)を見ていると、「自分で決めて生きていく人たちなんだな」って思いました。

例えば先日、ランサーズからスカウトが来ていて、それを私のメンターに相談したら、。

「うん、自分で決めな〜」とひとこと言われたんです。

その時に思いました。

「当たり前だけど、そういえばそうだよな」と。

物事の判断は全て「自分」であるということ。

フリーランスにとってはそれが大事な考え方なんだということを再認識しました。

「週5で働くプログラマーはもういいかなって」

KYO
KYO
いなフリ後はどういう予定なんですか?

一応今は休職中なので、一回仕事に戻ります。

でももうこれ以上前の職場で働く予定はありません。週5で働くプログラマーはもういいかなって。

だから元の会社に戻って、自分の考えが元に戻らないうちに出たい、なんなら日本を出たい。

大学時代に留学したモンゴルにもう一度行きたいと思っています。

大学の留学生活で出会ったモンゴルの遊牧民

外の世界に行きたい、そう強く思った

KYO
KYO
モンゴルへ行ったきっかけは何だったんですか?

もともと私は家族とうまくいっていなくて、ずっと外に行きたい、外に行きたいと思っていました。

それで小学校の国語の授業で「スーホの白い馬」を読んだ時に、「私の知らない世界があるんだ」って知ったんです。

でも当時は外の世界に行くなんて無理だと思っていました。

それでも高校は隣の県、そして大学は秋田、それも1年間の留学が必須という大学でした。

もともと英語を勉強していたんですが、ある日留学先に「モンゴル国立大学」を発見して。

しかも人気がないし誰も行かないから、成績は関係なく、応募をすればいける感じだったんです。

「モンゴルという外の世界、知らない世界」

私にとっては未知の世界の象徴でしたからね(笑)。

 

いっぱい寄り道した。だからこそ今の選択に迷いはない。

KYO
KYO
ミヤチは、長い目で見てどんな自分になりたいですか?

やはり旅をしながら生活したいです。

本当にノマドなりたいと思っています。

モンゴルの遊牧民みたいな、一定の場所を持たずに動きながら仕事して生活する感じですね。

具体的にはエジプトとかに行ってみたいです。アフリカ大陸はわたしにとっては未踏の地なので。

あとこれは留学中にやり損ねたことなんですけど

内モンゴルから、モンゴル、そしてロシアに抜ける鉄道があるんですが、それに乗りたいと思っています。

知っている世界はまだまだ狭いので、フリーランスという働き方を通して自分の知らない世界を見続けたいですね。

人生の先のどこかで辿り着きたい場所があるんです。

国籍やジェンダーもそれぞれあるけど、そこで区別をしない、みんながあいまいなところのコミュニティです。

 

やらない後悔より、やってからする後悔

KYO
KYO
最後の質問なんですが、ミヤチが大事にしている言葉ってありますか?

そうですねぇ、ひるんだ時に思うことは、

「やらない後悔より、やってからする後悔」ですね。

モンゴルの留学中に

「モンゴルでとても有名な歌手が、日本人に国内の民謡を教える」

というテレビの企画があって、私にも声がかかったんです。

テレビ取材も入る中で、出演をためらう日本人も奥手。私は歌も特別うまいわけではないんですが、

「え、やれるならやっちゃおう」と思って参加をしました。

地元テレビに出演した時(右から2番目)

 

やらない後悔より、やってからする後悔

 

この言葉は私にとって踏み出す時の合言葉となっています。

極端な話、やらないで失敗するのも、やってから失敗するのも、どっちも失敗する可能性はある。

それならやって失敗した方が人生楽しくない?って思いますね。

 

 

 

インタビュー後記

家庭の事情や個人的な留学の経験を経て、ブレない軸を獲得したミヤチ。

過去の苦労を乗り越えること、そしてフリーランスとして生きていくことを決める中で、並々ならぬ努力があったことは想像に難くありません。。

自分の世界を広げるための手段としてのフリーランスであり、

その前段階としての今回のいなフリ。

同じメンティーとしていつも刺激をもらっています。2週目以降も、そしてこれからも夢に向かって頑張って欲しいです。

 

<完>

 

受講生プロファイル4

回り道をしてたどり着いたフリーランスという生き方。いなフリで修行後はモンゴルへ、そして世界へ!プログラマーのミヤチ #いなフリ

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